八重洲の由来となったヤン・ヨーステン

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「八重洲」という地名に由来があったんですね。いや、由来があるのは当たり前でしょうけれど、1600年に日本に漂着したオランダ人航海士、ヤン・ヨーステン(本名:ヤン・ヨーステン・ファン・ローデンステイン)の名前に由来していたとは知りませんでした。

ヤエチカ(八重洲地下街)の「外堀地下1番通り」を進むと、壁面にライトアップされたブロンズの胸像が現れるんですけれど、これこそがこれがオランダ人彫刻家L.P.J.ブラート氏によって制作された「ヤン・ヨーステン記念像」だそうです。

彼はイギリス人のウィリアム・アダムクス(後の三浦按針)らと共に、オランダ船「リーフデ号」に乗って、関ヶ原の戦いの年に大分県(豊後国)に漂着したそうです。徳川家康は彼の国際的な知識や手腕を高く評価、家康の外交や貿易の顧問(通訳)として重用されるようになったとか。日本で暮らすようになった彼は、日本人女性と結婚。彼の名前「ヤン・ヨース(テン)」がなまって、「耶楊子(やようす)」という日本名で呼ばれるように。家康から江戸城の内堀(現在の和田倉門の近く)に屋敷を与えられたため、その周辺は「耶楊子さんの家がある場所」として「八代洲(やよす)河岸」と呼ばれるようになり、これがのちに「八重洲(やえす)」へと変化したそうです!

ちなみに、ヤン・ヨーステンはその後、故郷のオランダへ帰るために朱印船で出航したものの、途中で船が遭難し、結局帰国は叶わずに東南アジアの海で没したそうです。

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