原田マハ著『暗幕のゲルニカ』を読みました。
広島の某書店でとても推薦されていたので、ゲルニカの表紙に惹かれて、思わず手に取ってみた本です。
「ダ・ヴィンチ」の「絶対はずさない!プラチナ本」にも選ばれたそうですよ。
誰もが教科書で見たことがある「ゲルニカ」。
何万点もの作品を残したピカソのもしかしたら一番有名な絵かもしれません。
そんなゲルニカをめぐる物語。
現代のニューヨークとスペイン内乱とナチスの占領にゆれる第二次大戦中のパリ。
2つの時代を舞台にしたアートミステリーです。
※ここから先はネタバレありです!!※
あらすじ。2つの時代を交互に行き来する物語
八神瑤子はニューヨーク・MOMA美術館のキュレーター(学芸員)。
ピカソ研究では名の知れた存在だ。
エリート画商である夫のイーサンとは二人暮らしで、イーサンが婚約指輪がわりに送ってくれたピカソの鳩のスケッチをお守りがわりに大切にしている。
穏やかで順調な生活を送っていた彼女の生活は、9・11テロで一変する。
夫のイーサンが巻き込まれて行方不明になったのだ。
ショックをうけながらも、周りの助けもあり、どうにか立ち直ろうとしていた瑤子は、イーサンへの思いも込めて、反戦をテーマにしたピカソ展を開くため奔走する。
もちろん、もっとも飾りたい絵画は「ゲルニカ」。
スペイン内戦時に起きたゲルニカ空爆をテーマに、ピカソが絵筆一つで戦争の愚かさを世界中につきつけた傑作だ。
しかし、スペインの宝であるゲルニカは、状態の悪さもあって決して動かすことができないといわれていた。
ピカソ展が迫るある日、アメリカを中心とした連合軍がイラクへの空爆に踏み切る、と発表された。
その発表の場・国連安保理会議場のロビーにかけらえているはずのゲルニカのタペストリー。
そこには、暗幕がかけられていた。
これから空爆を始める、という発表の背景に、空爆を痛烈に批判したゲルニカがかけられているのは、具合が悪いとホワイトハウスが判断したのだ。
折しもピカソ展をとりしきり、夫を9.11テロで失っていた瑤子とそのバックアップをしているルース・ロックフェラーはは、ゲルニカを暗幕で覆い隠した張本人なのではないか、と世間に疑われてしまう。
世界有数の大富豪であるMOMAのパトロンことルース・ロックフェラー。
彼女の名誉とアートの力のために、ゲルニカをかならずマドリッドからニューヨークへ持ってくること。
瑤子はそれを果たすべく、スペインへと向かう。
ドラ・マール(有名な「泣く女」のモデルになった方です)はピカソの愛人。
ピカソとの関係が長続きするはずがないと知りながら、その強烈な光から離れられない。
時は第2次世界大戦直前のパリ。
折しも開かれていたパリ万博のスペイン館で飾る絵を、ピカソはスペイン政府から依頼されていた。
なかなか筆をとらないピカソだったが、ある日それが一変する。
原因は、フランコ将軍によるゲルニカ空爆だ。
ゲルニカ空爆への激しい感情を、ピカソはゲルニカに塗りこめた。
さまざまな物議をかもしたゲルニカ。
それをナチスの軍靴が聞こえるパリに置いておくのは危険と判断したピカソとそのパトロン、パルド・イグナシオは、ゲルニカをニューヨークに避難させる。
スペインがゲルニカを安置できるほど平和になるまで、ゲルニカをスペインに返さないでほしい。
それがピカソのたった一つの望みだった。
それから数十年。
フランコ政権が倒れ、平和を取り戻したスペインのマドリッドにあるソフィア王妃芸術センターに、ゲルニカは戻っていた。
その裏にパルド・イグナシオの尽力があったことは言うまでもない。
ようやく安住の地を見つけたかに思えたゲルニカ。
だが、ゲルニカの強烈なメッセージとエネルギーは、今なお多くの人に必要とされていた。
瑤子をはじめ、テロに傷ついたニューヨーク市民。
ゲルニカのあるバスク地方に住む、独立を求める人々。
さまざまな人が言う。
「ゲルニカは我々のものだ」
ゲルニカは、いったい誰のものなのか?
愛されるピカソ。その目が見た惨禍は
ピカソという人は、いうまでもなく唯一無二の芸術家なのですが、とにかくとんでもないパワーを持っていた人なのだなというのが、作品からビシバシ伝わってきます。
主人公の女性二人、八神瑤子しかり、ドラ・マールしかり。
さらにはピカソのパトロンであるパルド・イグナシオ、スペイン政府の皆様、友達にして秘書の男性(名前忘れた・・・)などなど。
作品には登場しない作者の愛もひしひしと伝わってきます。
愛とか恋とかいう次元を超えて、ピカソそのものが強力な磁石なのです。
女性から見れば「女の敵」といわれても仕方ないくらい奔放に浮名を流しまくったわけですが、誰もが「ずっとピカソをつなぎとめてはいられないだろう」と思いながらも、惹かれてしまう。
引きずられてペースに巻き込まれてしまう。
そういえば、ピカソと恋愛をした女性の幾人かは悲劇的な死を迎えているのですよね。
作中の主人公の一人であるドラ・マールも、ピカソと別れた後は精神を病み、修道女のように人生を終えたといいます。
うーん、近くに居たらちょっと怖いかも。
そんな常人では考えられない感受性を持ったピカソが描いた、ゲルニカ。
ゲルニカ空爆から彼が受けたショックは計り知れません。
そして、悲しいことにゲルニカ以降には、もっとひどい戦いが世界中で起こりました。
もちろん、ここヒロシマのニュースもピカソは耳にしたことでしょう。
そのニュースを彼はどう受け止めたのか?
それについて、何か書かれた本がないか、今度探してみたいと思います。
最後の急展開に注目
さてこの本なのですが、ページをめくっていて後半にさしかかった時点で、まだ瑤子がスペインからゲルニカを借りる交渉の序盤なのですよね。
あれ?このスピードで解決するのかな?と思って読み進めていくと・・・・
最後、ものすごい急展開です。
伏線の回収、というか、エピソードを盛り込みたい気持ちは伝わってくるのですが、瑤子がETA(バスク祖国と自由の略。スペイン・バスク地方独立を目指す過激派)にあまりにもあっけなくさらわれたり、ETA幹部の奥さんがあまりにもすんなりと瑤子に篭絡されたりと、展開に目を見張る場面も。
結末に向かって盛り上がっていくのは分かるのですが、「ま、待ってー!」と置いてけぼりにされてる気持ちをちょっとだけ味わいました。
おもしろいからよいのですけど。
知識欲を満たしてくれるミステリー
ほとんどはフィクションなのですが、現実とリンクしているところも多々あって、読み終わったあとや読んでいる最中にいろいろ調べたくなる、知識欲を掻き立ててくれる本です。
フィクションと現実の上手な織り交ぜ方が、ちょっとゴルゴ13に似てますね。
私も読んでいる最中、ドラ・マールやピカソについていろいろなサイトを拝見し、ひとりごちていました。
ちなみに、作中に出てくるバスク地方は、日本ではあまりなじみがないかもしれませんが、日本に初めてキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルがバスク地方出身だったりします。
バスク語は習得するのが一番難しい言葉だと聞いたことがあるのですが、どうなのでしょう。
「ギャラリーフェイク」を読んだ後のような、「なんか賢くなった気がする!」という気分にもなれるお得な一冊です。
秋の夜長に、ぜひどうぞ!